近年、注目を集めているフードテックという言葉をご存知ですか?
食分野にテクノロジーの視点を取り入れたビジネス分野としてさまざまな広がりを見せるフードテック。
昆虫食による安定的な食糧供給や、AI技術による需給予測システムを活用したフードロス対策など、フードテックの範囲は実に幅広いのが特徴です。
とはいえ、フードテックとは何かを紐解いてみると、食品ロスや持続可能性、気候変動など、私たちが抱えている「食」の問題へのアプローチであることは間違いがありません。
今回は、「フードテック」とは何かを押さえた上で、国内の企業の事例から、未来の食産業と社会課題解決の最前線をご紹介。
ご自身のビジネスに、どんなふうにテクノロジーを取り入れるかを考えるヒントにしてみてください。
1.フードテックとは何か?
昆虫食などがキャッチーなニュースの題材としてメディアでも取り上げられていることから、フードテックは食糧危機に備えた代替食に関するものだ、というイメージが強い方もいるかもしれません。
ですが、フードテックの対象はそれだけではありません。
具体的な事例を見る前に、まずはフードテックとは一体何を指すのかを簡単に押さえていきましょう。
1-1.フードテックの定義
フードテック=「Food」と「Technology」を掛け合わせた言葉。
食にまつわる風上から風下まで(農業・流通・小売・外食・消費)の各フェーズで、テクノロジーを取り入れて、今ある課題を解決することを指します。
そのため、生産現場はもちろんのこと、いかに食品を運搬するのか、実際の店舗でどう販売していくかなどもフードテックの対象となります。
1-2.フードテックが活用されている主な領域
現在、フードテックは、AIによる需要予測、IoT(Internet of Things:もののインターネット)技術を搭載したスマートキッチン、代替肉、昆虫食、ブロックチェーンによる食品トレーサビリティなどの分野で取り入れられています。
食糧生産はもちろんのこと、物流や小売の世界まで広がっていることに驚く方も多いかもしれませんが、ビッグデータの活用やAI技術は食という分野にも大きく貢献しているのです。
また、フードテックの活用目的はビジネスの「効率化」だけでなく、社会の「課題解決」や「新価値創造」にも広がっています。
つまりフードテックが起こすムーブメントは、食分野の枠を超え幅広いビジネスのこれからを探るヒントとなるのです。
2.サプライチェーン改革と食品ロス削減のフードテック事例3つ
フードテックが活用されている分野の一つが、サプライチェーン改革やその先にある食品ロス削減の取り組みです。
農林水産省による推計では、日本の令和5年度の事業系食品ロスは次のような数字となっています。
・食品ロス総量:年間231万トン
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[内訳]
・食品製造業:年間108万トン
・外食産業:66万トン
・食品小売業:48万トン
・食品卸売業:9万トン
こうした数字を見てみると、まさに食のビジネスを展開する上で、社会に対する責任を果たすという意味でのフードロス対策は必須。
もちろんフードロスの対策を図ることで、ビジネスの上でもロス率が減り、利益率向上というメリットも期待されます。
そこでまずは、フードテックの中でもサプライチェーン改革で食品ロス削減に取り組んでいる実例をご紹介します。
2-1.AIによる需要予測(スシロー)
画像出典:https://www.akindo-sushiro.co.jp/
大手回転寿司チェーン「スシロー」を展開するあきんどスシローは、ビッグデータをAIにより分析して店舗ごとの需給を予測。
食材の廃棄率を減らす取り組みに乗り出しています。
用いられるデータは、店舗で提供される皿についたICチップからの情報です。
年間約10億皿のデータをもとに売れ筋商品などを分析して、フードロス対策に役立てています。
ビッグデータの活用以外にも、スシローではさまざまな視点からフードテックを事業に組み込んでいます。
たとえば、店舗で廃棄された食べ残しなどを活用した再エネルギー発電の取り組みをJFEなどと連携してスタート。
2025年には大阪万博でも「スシロー未来型万博店」をオープン。
水産資源を守るために陸上養殖されたネタや、完全養殖で生産されたネタで海の資源を守るあり方を提示しています。
公式URL:https://www.akindo-sushiro.co.jp/company/csr/ocean/
2-2.IoT冷蔵庫による家庭ロス削減(パナソニック)
画像出典:Panasonic公式サイト
フードテックの恩恵が享受できる場所は、家庭でも広がりつつあります。
家庭から出る家庭系食品ロス量は、令和5年で年間233万トンと推計されており、看過できない量にまで膨れ上がっているのです。
そんななか、パナソニックでは、2021年に『IoT対応冷蔵庫 NR-F657WPX』を発売。
スマートフォンのGPS機能と連動させた、使い手のライフスタイルに合わせた省エネモード運転や、重さによって食材の残量をアプリから確認できる機能などを搭載しました。
2025年にはさらに進化し、AIカメラを冷蔵庫に搭載した冷凍冷蔵庫を2024年に発売。
IoT冷蔵庫で食材の在庫と賞味期限をアプリで管理。
使い切った方がいい食材のレシピもアプリが提案してくれるなど、消費期限切れの食品の廃棄を削減できる商品となっています。
公式URL:https://news.panasonic.com/jp/press/jn250703-1
2-3.フードシェアリングアプリ「TABETE」(コークッキング)
画像出典:TABETE アプリサイト
フードテックはサプライチェーン全体での食品ロス削減を目指す中で、「販売のラストワンマイル」にも革新をもたらしています。
その代表格が、株式会社コークッキングが運営するフードシェアリングアプリ『TABETE』です。
飲食店や食品小売店が余剰食品を登録し、近隣の消費者がアプリを通じてその情報を知り、安価に「レスキュー購入」する仕組みは、社会課題と生活ニーズの双方に応えています。
『TABETE』では、2024年10月に累計アプリユーザー数が100万人に。
食品ロス削減を事業者にとっても、消費者にとってもハッピーな方法でポジティブな解決策を示しています。
店舗は廃棄コストを抑え、消費者はエシカルな買い物体験ができる、そして社会全体ではフードロス削減に繋げられるという三方良しのモデルは、今後のフードテックのあり方を考える上で大切な視点です。
公式URL:https://tabete.me/
3.代替タンパクや昆虫食による食糧の安定供給に関するフードテック事例2つ
3-1.産学連携で昆虫食の未来をつくる(合同会社TAKEO)
画像出典:TAKEO オンラインショップ
持続可能なタンパク源として注目されている「昆虫食」も、フードテックの新たな領域のひとつです。
日本で昆虫食のビジネス展開をいち早く手がけているのが合同会社TAKEO。
昆虫食といえばコオロギをイメージする方も多いかもしれませんが、コオロギに限らず、幅広い種類の昆虫の食用利用に取り組んでいます。
近年では弘前大学との共同研究を行い、トノサマバッタの食用化に向けた生産技術開発を弘前大学が、TAKEO側では実証実験や食品需要開発を手掛けるなど、産学連携の動きもはじまっています。
また、都内では古民家を活用した昆虫食カフェなども展開。
開発と普及の視点から昆虫食の普及に努める取り組みは、今後も注目したいところです。
公式URL:https://takeo.tokyo/
3-2.大豆ミートで食を変える(株式会社エヌ・ディ・シー)
画像出典:株式会社エヌ・ディ・シー 公式サイト
牛肉や豚肉などの動物由来のタンパク源ではなく、プラントベースの代替肉は、フードテックの分野でも注目されている分野の一つです。
株式会社エヌ・ディ・シーでも、大豆ミートを使った冷凍食品『かるカツ』や進化系がんもどき『ぎゃんも』などやおいしさにも力を入れた大豆ミート製品を世に打ち出しています。
動物性食品を植物由来の原料で代替することで、環境にやさしく動物福祉に貢献できます。
そのため、植物由来の代替肉は、さまざまな食糧生産に関する社会課題を解決できる手段として多くの企業が取り組んでいる分野です。
ちなみにプラントベースでは、最新の食品科学・加工技術を使うことで“肉・乳製品・卵”などの味・食感・栄養価を再現できていると言われ、さらなる市場拡大が期待されています。
公式URL:https://www.v-ndc.com/
4.持続可能な食の生産体制をつくるフードテック事例2つ
フードテックを語る上で欠かせないのが、食糧を生産する農業分野でのテクノロジーです。
効率的な生産のための自動灌水システムや植物工場など、生産現場ではさまざまなテクノロジーがこれまでも取り入れられてきました。
近年では、こうした分野でもAI技術などが活躍しています。
4-1.AI診断で病害虫被害を防ぐシステム開発(株式会社オプティム)
画像出典:株式会社オプティム公式サイト
作物を生産する農場では、病害虫発生時に農薬散布を圃場全体に撒いているのがこれまでの通例でした。
ですがこれでは農薬散布の範囲が不必要に広くなりすぎ、散布量が増えるだけでなく農薬のための経費や手間がかかってしまうのが課題でした。
そこで株式会社オプティムでは、ドローンやラジコンなどの無人航空機が畑の様子を空から撮影したデータを活用。
圃場の画像をAIに読み込ませることでディープラーニングを用いて病害虫の発生状況を解析し、ピンポイントでの農薬散布を実現しました。
必要な場所だけ局所的に散布することが可能になれば、農薬散布による環境負荷も軽減できます。
同社の「ピンポイントタイム散布サービス」は、これまで国内2万6,000haの圃場で実施されています。
農薬散布の精度向上や削減に貢献している株式会社オプティムは、テクノロジー活用の分野を農業だけでなく建設業や医療などでも拡大。
2025年3月期では、売上高の最高額を記録し、25期連続の成長を達成しています。
公式URL:https://www.optim.co.jp/agriculture/
4-2.収穫作業を自動化して農業の人手不足に貢献(AGRIST)
画像出典:AGRIST公式サイト
農業生産現場では、人手不足などによる省力化も大きなテーマになっています。
そんななか、AGRISTは宮崎県でピーマン農家と協業し、収穫作業を自動化するロボットを開発・実装。
人手不足が深刻な現場でも、省力化と収穫精度の向上を両立させており、全国の農家から注目を集めています。
AI搭載の収穫ロボットは、収穫と同時にハウスの中を巡回してさまざまなデータを収集し、生産に活かしているのも特徴です。
また、AGRISTではロボット技術だけでなく栽培圃場のデータをもとにした収穫量の予測や肥料や水を上げるタイミングを提案してくれるAIシステム『AGRIST Ai』なども開発しています。
公式URL:https://agrist.com/archives/5624
5.フードテックはビジネスにどう貢献するのか
ここまで実際の事例を見てきたように、フードテックは単なる技術革新ではなく、社会課題解決と企業価値の同時追求を可能にする分野です。
また、人材不足や苦しい経営状況などに悩む農業生産現場でも、省力化やコスト削減のテクノロジーは大きな希望の光となります。
ESG・SDGsへの貢献、ステークホルダーとの信頼関係構築にもつながることから、今後食に関するビジネスを展開する上では欠かせない視点となってくるとも言えるでしょう。
最後に、フードテックが企業のビジネスにどう影響するのか、また収益化モデルはどう考えればよいかを一緒に考えてみましょう。
5-1.社会的意義を見出せる
ここまで見てきたように、フードテックの目的は単なる技術革新にとどまりません。
食品ロスや環境問題、動物福祉などの社会課題に対して、企業が主体的に関与する手段として注目されているのです。
そのため、フードテックをビジネスに取り入れることで社会課題の解決に取り組む姿勢は、企業の社会的信頼性を高める力にもなるはずです。
5-2.収益化にもつながる
フードテックをどう収益化していくかと言う道筋はさまざまです。
たとえば、フードテックにより物流を変革しダイレクトに消費者に届けることで、価格的な優位性を保つことも一つの手段でしょう。
また、食品アップサイクルを商品のブランディングや企業PRに繋げている例もあります。
今回ご紹介したスシローのように、食品ロスを削減するテクノロジーが経営改善につながるケースも少なくありません。
フードテックは単なるコスト削減ではなく、売上を上げる以外にもブランドの確立や、効率的な経営などの面で可能性を秘めているのです。
このように、ESG・SDGsといった社会的評価と、事業としての成長戦略を結びつけられるのがフードテックの強み。
「社会課題を解決しながら利益も出す」ビジネスのあり方は、今後の事業展開において中核的なテーマとなっていくはずです。
5-3.フードテックならではの課題も
ただし、課題もまだまだあります。
例えば、フードテックの分野に積極的に取り組むためには、ある程度の投資が必要なことから大企業や技術力のある企業でなければ難しいのが実情です。
そのため、一次産業分野で農業生産者個人がフードテックを取り入れるには一定のハードルがあるでしょう。
フードテックはこれからの社会のあり方をよりよくする可能性を秘めているからこそ、持続的にその取り組みを続けるためビジネスをどう収益化するか、という視点を忘れずに取り組み続けていきたいところです。
フードテックが社会課題をビジネスのチャンスに変える
フードテックとは、単なる最新技術の導入ではなく、「食」という普遍的なテーマを通して社会課題を解決し、新たな価値を創造するテクノロジーです。
こうしたフードテックの取り組みは、「自分さえ良ければいい」という視点でのビジネスから「提供するビジネスが社会や地球環境にも良い影響を及ぼすものでなければいけない」という考え方が当たり前になっている証拠なのかもしれません。
ぜひこの記事をきっかけに、食産業以外の分野でも「テクノロジーで世の中の課題をどう解決できるのか」という視点で周りを見渡してみてください。
新たな発見があるかもしれません。