取材記事

2025.10.23

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「日本流おもてなし」は通用しない?中国出身者が語る、顧客対応の極意

“おもてなし”は日本人に安心感を与える一方で、中国人顧客には必ずしも同じように受け取られず、時に誤解を生むことがあります。グローバル化が進む現在、顧客の国籍は多様化しており、言語だけでなく文化も異なるため、「日本流おもてなし」が必ずしも通用するとは限りません。
同じアジア圏の国であっても、文化的に似ている点は多い一方で、国が異なれば必ず細かな違いが存在します。こうした違いこそが文化の多様性を生み出しているのです。
ただし、文化の違いが原因となり、異なる文化を持つ顧客とのコミュニケーションに支障をきたすこともあります。だからこそ、お互いの文化背景を理解し、それに応じた対応を行うことが、顧客満足度の向上につながり、ひいてはグローバルビジネス成功の鍵となります。
本記事では、中国出身の私が日本と中国の文化的違いについて語り、読者の皆さんに中国人顧客への対応に役立つヒントをご紹介します。

1.中国の文化と価値観

1.1 臨機応変(柔軟性)


図1. 儒教思想を説いた孔子像
 
中国社会は長い間、儒教思想の影響を受けてきました。そのため、日本と同じく集団主義を重視する文化が根付いています。たとえば、中国では家族をとても大切にし、毎年の旧正月には親族が一堂に集って新年を祝う習慣があります。この風習からも、中国社会において「人間関係」や「つながり」がどれほど重要視されているかが見えてきます。だからこそ、スタッフが臨機応変に顧客の要望へ対応できれば、中国人顧客は「自分は特別に大切にされている」と感じます。こうした対応は、顧客満足度を一気に高める大きなポイントになるのです。
 
一方、日本もまた集団主義の社会ですが、その根底には「秩序やルール」という価値観があります。自分の行動が他人に迷惑をかけていないか、マナーを守っているか、さらにはSOP(標準作業手順)に沿って行動できているかを強く意識します。そのため、顧客からの要望がルールの範囲を超える場合、スタッフはその場で判断せず、手順に従って上司へ報告してから対応するのが一般的です。
 
このように、同じ「集団主義」という枠組みを持ちながらも、実際の価値観や行動様式には大きな違いがあります。そして、この違いが時に顧客対応の現場で誤解や不満を生む原因となるのです。
 

図2. 日本の学校で友人と話す筆者
 

1.2 率直さと効率重視

「中国のお客様は、なぜこんなに率直なのか?」そう感じた経験はありませんか。 
 
中国文化にも遠回しに断る表現は存在し、日本と共通する部分もあります。しかし、ビジネスの場面では、よりストレートな言い方が好まれることが少なくありません。たとえば、日本のスタッフが「少々難しいかと思われます」と柔らかく伝える場面でも、中国では「できません」「無理です」直接的に表現されるケースが多いのです。背景には「効率を重視する姿勢」があり、分かりやすさや迅速さが優先されます。
 
そのため、曖昧な表現や遠回しな表現は誤解を招きやすくなります。「少々難しい」と言われた中国の顧客は「交渉すれば可能かもしれない」と解釈してしまうことがあります。本当は不可能であるにもかかわらず、曖昧な言い回しが逆に期待を生み、不満や摩擦の原因となってしまうのです。
 
さらに、中国の富裕層を中心に「time is money」という価値観が強く浸透しています。礼儀や質の高いサービスも大切にしながらも、それ以上にスピードや効率が優先する傾向があります。一方で、日本では礼儀や形式を重んじる文化が根強く、それによって丁寧さや安心感が提供されるという強みがあります。ただし、その“安心感”が中国人顧客にとっては「遅い」「回りくどい」と映り、コミュニケーションに思わぬ障害を生むこともあるのです。
 

1.3 面子(メンツ)文化

中国文化を理解するうえで欠かせないのが「面子(メンツ)」です。日本語に置き換えるなら「見栄」に近いですが、単なる虚栄心ではなく、社会的評価や人間関係に深く結びついた価値観です。
 
この文化を象徴するのが「請客(ご馳走する)文化」です。食事の席で相手にご馳走することは、単なる親切ではなく「自分のメンツを立てる行為」でもあります。相手もまた、それを受けて別の場面で返そうとし、互いに競い合うこと自体が良好な関係の証とされます。つまり、相手のメンツを尊重することは、人間関係を深める重要な手段なのです。
 

図3. 友人にご馳走する筆者
 
逆に、相手のメンツを潰す行為は、ビジネスの場であっても強い反感を招きます。たとえ悪意がなくても「人前で否定された」「恥をかかされた」と受け取られれば、「侮辱された」と感じ、関係修復が難しくなることもあります。
例えば、ビジネスの場面では、会議中に上司の意見を公然と否定することは「面子を失わせる」行為と見なされます。中国では、面子を守ることが人間関係の基本的なルールのひとつであり、その場で上司の立場を傷つけるような発言は避けられるのが一般的です。
そのため、たとえ部下がより良いアイデアや改善策を持っていたとしても、多くの場合は会議の場では直接口にせず、終了後に個別で伝えたり、婉曲な表現を使ってやんわりと提案する形を取ります。これは単なる遠慮ではなく、相手を尊重し、組織内の調和を保つための文化的な配慮と言えるでしょう。
 
 ここまで中国の価値観を3つの観点から紹介してきました。では、こうした価値観の違いが、実際の接客やビジネスの現場でどのようにすれ違いを生んでしまうのでしょうか。第二章では、よくある失敗例を取り上げ、それを「柔軟性」「率直さ」「面子」という3つの視点から解析し、改善のヒントを探っていきます。
 

2. 失敗例とその解析・改善策

 

2.1 具体的な失敗エピソード

ホテルでのインターン中にこんな出来事がありました。 
私は中国語を話せるため、英語が得意ではない中国人顧客の対応を手伝うことがありました。そのとき、ある顧客から「さらに4泊延長したい」という希望があり、私はその要望をフロントに伝えました。フロントはすぐに追加予約を手配しましたが、もともと滞在していた部屋は人気の高いタイプで、同じ部屋を確保できるかどうか不確実でした。そこでフロントから「同じ部屋は難しいかもしれません」と伝えられ、私はそのまま翻訳し、「別の部屋に変更してもよろしいでしょうか」と顧客に確認しました。
 

図4. 怒り
 
しかし、その顧客は手続きの遅さや複雑さに少し苛立ちを見せており、私の確認の仕方が逆に不満が強まったようでした。最終的には上司が対応し、部屋を変えずに延泊を手配することで、顧客の怒りは収まりました。
 
この行動から見ても、この顧客は「高額でも自分の要望がその場で満たされること」を重視する傾向があることがわかります。単に金額に関心があるのではなく、スピード感と意思決定の明確さが重要なのです。
 

2.2 エピソードから価値観を解析

このエピソードには、第一章で述べた三つの中国文化の特徴が反映されています。
 
まず「柔軟性の重視」についてです。顧客は金額を全く気にせず、ただ「同じ部屋で延泊したい」という希望を持っていました。これは、規則や手続きよりも、その場で臨機応変に対応してほしいという期待の表れです。顧客は自分の要望が即座に満たされることを重視しており、迅速な対応が満足度に直結します。
 
次に「率直さと効率重視」です。フロントが伝えた「同じ部屋は難しいかもしれません」という表現は、日本では丁寧で自然ですが、中国の顧客にとっては曖昧に聞こえ、不安を生む結果となりました。効率を重視する顧客にとっては、「できるorできない」をはっきり伝える方が安心につながります。
 
最後に「メンツ文化」です。最終的に上司が直接対応し、希望通り同じ部屋で延泊できたことで、顧客は「自分が尊重されている」と感じました。これは自分のメンツが守られた結果と言えます。もし「部屋を変えてください」と押し進めていたら、顧客は軽視されたと感じ、さらなる不満につながった可能性があります。
 
このように、一見シンプルな延泊希望の裏にも、文化的な価値観の違いが複雑に影響し、顧客満足度に大きな差を生むことがあるのです。
ここで一つ、この場合でのフロント対応例をご紹介します。
「現時点で同じお部屋を確保するのが難しいのですが、現在は上司と検討させていただいております。もし確保できない場合は、より安い価格でアップグレードいたしますので、どうぞご安心ください。」
このように伝えていれば、中国人のお客様も不満を和らげることができたかもしれません。
 

2.3 改善策の提案

このエピソードから考えられる改善策は大きく三点に整理できます。ここでは、私自身がその場でフロントスタッフだったと仮定し、多くの中国人顧客に共通して有効な対応を中心にまとめます。

第一に、柔軟性です。スタッフには大きな決定権をもっていない場合もありますが、顧客の要望に応えられないと判断した場合には、ただ断るのではなく、すぐ上司に報告すると同時に代替案を検討することが重要です。この「二重の動き」によって、顧客は「真剣に対応してくれている」と感じ、安心感を得られます。

第二に、言葉の表現です。
特に「不可能」と分かっている場合には、曖昧な言い回しを避け、明確かつ前向きに伝えることが望ましいです。「難しいかもしれません」ではなく、「現時点では難しい状況ですが、他の方法を確認いたします」と具体的に説明することで、誤解を防ぎつつ安心感を提供できます。
 
第三に、メンツを守る工夫です。
要望がすぐに叶わない場合でも、顧客に「尊重されている」と感じてもらうことが重要です。例えば、小さなサービスや心配りを示すだけでも、顧客は「自分は大切にされている」と実感できます。柔軟な対応と組み合わせれば、より良好な関係の構築につながります。
 
このように、柔軟性・明確な表現・メンツへの配慮という三点を意識することで、文化の違いから生じる摩擦を最小限に抑え、顧客満足度を着実に高めることができます。
ぜひ自社の接客や営業場面で、中国人顧客への対応を振り返り、今回のポイントを活かしてみてください。
 

図5. 日本の学校で発表する筆者
 

3.まとめ

 
本記事では、中国の文化や価値観を理解することが、顧客対応にどのように影響するかを紹介しました。第一章では、柔軟性の重視、率直さと効率重視、メンツ文化という三つの特徴を挙げ、それぞれが中国人顧客の行動や期待にどう結びつくかを解説しました。
第二章では、実際の顧客対応の失敗例を通して、文化的価値観がどのように現場で摩擦を生むかを具体的に示しました。そして、その解析をもとに、柔軟な対応、明確な表現、メンツへの配慮という三つの改善策を提案しました。これらは業種を問わず、中国人顧客との円滑なコミュニケーションに役立つポイントです。
グローバルビジネスでは、文化の違いによる誤解や不満は避けられません。しかし、今回のポイントを意識し、実際の顧客対応に活かすことで、顧客満足度を着実に向上させることができます。
ぜひ自社の接客や営業の場で、中国人顧客への対応を振り返り、今日から実践してみてください。
会話では結論から伝える、できない場合は代替案をすぐ示す、相手の立場を尊重する——この3つを少し意識するだけでも、不満や誤解を大きく減らすことができます。
 
【明日から実践できるチェックポイント】
・結論から伝えていますか?回りくどい表現より、まず「できる/できない」をはっきり伝えることが安心につながります。
・代替案をすぐに出していますか?難しい場合は「できない」で終わらせず、すぐに他の選択肢を提示しましょう。
・相手の立場を尊重していますか?「特別に対応しています」という雰囲気を意識するだけでも、メンツを守ることにつながります。
この記事が、みなさんの日々の接客やビジネスシーンで少しでもお役に立つことを願っています。
 

自己紹介
呉俊豪 ゴシュンゴウ

 
香港出身。話せる言語は、広東語、中国語、日本語、英語(少々)。現在は兵庫県に在住しながら兵庫の私立大学に通っており、専攻は観光。趣味は小説の鑑賞及び創作で、現在は日本語で小説を鑑賞しながら日本語で執筆能力を磨いている。
日本に留学を選んだ理由は、日本語能力を高め、将来的に日本語で小説を書けるようになることを目指しているからです。そのため、卒業に必要な単位は三年前期までに全て修得し、残りの学生生活では小説創作に専念しつつ、国際交流イベントなどにも積極的に参加し、日本社会への理解を深めていきたいと考えています。
将来の夢は小説家になることですが、同時に自分の適性を広げるために様々な職種にも関心を持っており、現在は幅広い経験を積むためにインターンシップにも参加しております。
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