ビジネス基礎知識

2023.04.14

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TCFDと気候変動の関わりとは?ESGやSDGsとの違いも解説

近年、TCFDという言葉を耳にする機会が多くなってきました。
しかし、中には「どんなものなのかよくわからない」という方もいらっしゃいますよね。

この記事では、TCFDの意味や設立の経緯などの基礎知識をわかりやすく、簡単に解説していきます。
また、国内外の企業の取り組みと合わせて、私たちの暮らしの中でも身近になってきているSDGsやESGとの違いについてもご紹介しています。

1.TCFDとは?

TCFDとは「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」の略称。
銀行や保険会社など世界中の経済や金融市場のメンバーで構成された民間主導の組織です。
TCFDは、世界中の企業に対し、気候変動への取り組みについて情報を開示することを推奨しています。
参考:TCFDコンソーシアムホームページ「TCFDとは」

1-1.TCFDの目的は気候変動に関する情報開示

TCFDが設立された背景には、世界的な地球温暖化が挙げられます。
急激な地球温暖化に伴い、世界中で大雨や洪水、高温や乾燥に起因する山火事などの異常気象が発生しています。
例えば、2005年8月にアメリカを襲ったハリケーン「カトリーナ」での死者は1,000人を超え、
この災害による損害保険対象の被害額は344億ドルに達しました。
また、同年10月にはパキスタン北東部のカシミール地方で大地震(M7.6)が発生。
数百万人が家を失い、死傷者は約151,000人にのぼりました。震源付近では、道路や水道などのインフラが壊滅的な被害を受けました。
このように、地球規模の気候変動は、社会へ与えるダメージが大きく、世界経済に及ぼす影響も深刻です。
こうした状況を受け、2015年には温室効果ガスの削減に向けた新たな枠組みが合意されました。翌年には「パリ協定」が発効。
世界共通の長期目標として、気温上昇を1.5℃から2℃に抑えることなどが取り決められ、世界的規模で温室効果ガス削減を求めることになりました。
パリ協定以後、企業にとって気候変動への取り組みは欠かせないものとなりました。
一方で、金融機関などでは、融資や投資をする際、企業が行っている気候変動に関する取り組みについて検討・評価する必要が出てきました。
しかし、当時は統一された基準がなく、気候変動が企業の財政へどのような影響をあたえるのかも不透明でした。
そこで2015年5月、G20より要請を受けた金融システムの安定化を図る国際的組織「金融安定理事会(FSB)」が、同年12月にTCFDを設立。
気候関連に対する取り組みを適切に評価できる枠組みをつくり、2017年6月に「TCFD提言(最終報告書)」を公表しました。
これは、気候変動のリスクがどれくらい自社へ影響を及ぼすのかを検討し、その情報を開示することを求めているものです。
仮に自社が河川近くにあった場合、浸水被害を受ける可能性は高く、オフィスや工場、倉庫などが甚大な被害を受ければ、
操業停止を余儀なくされることも考えられます。
TCFD提言(最終報告書)では、こうしたリスクがどれくらい自社の経営に影響を与えるのか、その際どのような対処をするのか、
事前にシミュレーションした情報を開示することを推奨しています。
国内でも、異常気象によって自然災害が増加。その1つが集中豪雨です。
国土交通省によると、2020年に発生した7月豪雨の被害額は約5,800億円と、2020年の水害被害額の約9割にも上りました。
万一、気候変動によるリスクへの対策を講じていない場合、被災時に巨額の損失を被る可能性があります。
そのため、日本でも2022年4月から一部の上場企業に対し、気候変動リスクの情報開示が実質的に義務化されました。

参考:気候変動適応情報プラットフォーム「TCFDとは | 事業者の適応」
参考:TCFDコンソーシアム「TCFDコンソーシアムとは」
国土交通省「検証2005年の自然災害」
国土交通省「令和2年7月豪雨による被害と対応」
時事通信 「気候変動に対する戦略的対応の開示を=東証プライム、TCFD義務化1年目-EY Japan」

1-2.TCFD提言で企業が求められている4つの開示内容

TCFDが公表した「TCFD提言(最終報告書)」では、すべての企業等に対し、4つのカテゴリーに分類して情報を公開することを求めています。


画像出典:「気候関連財務情報開示 タスクフォースの提言 最終報告書」P22より引用

1-2-1.体制開示のためのガバナンス

ガバナンスでは、気候変動に取り組む委員会の設置や経営陣の役割など、企業の体制を策定した情報を開示することが求められています。
これは、気候関連によるリスクと機会に対し、企業の経営陣がどのように考え、
どのように取り組みを管理していくのか、自社のガバナンス体制を開示する項目です。

1-2-2.気候変動のリスクと機会に対する戦略

戦略では、企業が事業を継続していく中で、短期・中期・長期のそれぞれにおいて、どのような気候変動のリスクがあり、
それが起こった際、自社の事業や財務へどのような影響を及ぼすのかを開示することが求められています。
具体的には、気候変動のリスクと機会が企業に及ぼすさまざまな影響と、2℃以下を含む将来の気候を予測したシナリオを考慮し、
企業の戦略のレジリエンス(強靭性)についての説明を求めています。

1-2-3.気候変動に関わるリスク管理

リスク管理では、気候変動に関わるリスクについて、企業がどのように識別し評価し、
それについてどう管理するのか、そのプロセスを開示することが求められています。
また、そのプロセスが組織の総合的なマネジメントにどのように統合されているのか、その明記も求められています。

1-2-4.気候リスクに対処するための指標と目標

指標と目標では、気候変動に関するリスクと機会をどのような指標で判断し、自社が取り組むべき目標と、
その進捗状況についてどう評価しているのかを開示することが求められています。
「指標と目標」中では、企業が排出しているGHGを、物質やフェーズに応じてスコープ1〜3に分けています。
ここでは、それぞれのフェーズに応じたGHG排出量の把握と削減目標を開示することが推奨されています。
その際、自社が定めた削減目標の達成に向け、どのように行動し、排出量を管理していくのか、具体的な内容を開示します。

参考:GHG排出量…二酸化炭素やメタンなど地球温暖化に直接的な影響がある温室効果ガスの排出量のこと。
【スコープ1】…自社で直接排出される温室効果ガスのこと。
【スコープ2】…他社から供給された電気や熱、蒸気の使用に伴い間接的に排出されたもの。
【スコープ3】…スコープ1・2以外の事業者の活動に関連する他社が排出する温室効果ガスのこと。
スコープを用いることが一般的ですが、上流(購入に関する排出)・自社(自社での排出)・下流(販売に関する排出)で分類されることもあります。


画像出典:環境省ホームページ「サプライチェーン排出量算定をはじめる方へ」より引用

TCFD提言の中の4つのテーマで最も重要になるのが、戦略です。
戦略では、将来起こり得る気候関連のリスクと機会を予測し、自社のビジネスや財務などにどのような影響を与えるのか、その分析を行います。
これをシナリオ分析と呼びます。企業がTCFD提言に沿った情報を開示することは、
気候変動に対する自社の取り組みを投資家や金融機関にもアピールでき、ビジネスチャンスにもつながります。
投資家も、どの企業に投資をすればより多くのリターンを得られ、価値のあるものになるのか、投資する際の重要な判断材料にもなります。

2.TCFDの背景からわかるSDGsやESGとの関連性

ここ数年、TCFDのほかにもSDGsやESGなど社会環境に関する略称が増え、メディアなどに取り上げられることも多くなりました。
とは言え「何がどう違うの?」と疑問が残る方もいらっしゃるかもしれません。ここでは、それぞれの違いや関連性をご紹介します。

【SDGsとは】
・「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。
・2015年9月に国連で採択され、2030年までに環境や社会問題を解消するために掲げた目標。
・全17の目標、169のターゲットから構成される。
・企業や団体をはじめ、家庭や学校など、それぞれができることに取り組み、SDGs達成に向けた行動を推進している。。
参考:日本ユニセフ協会「SDGsってなんだろう?」

【ESGとは】
・環境(E: Environment)、社会(S: Social)、ガバナンス(G: Governance)の英語の頭文字を合わせた言葉。
・企業がESGを重視して事業活動を行うことは、結果としてSDGsの目標達成に貢献し、企業の長期的な成長や市場価値の向上にもつながる。
参考:野村アセットマネジメント「ESGとは|簡単解説」

ESGは、企業が環境などに配慮した事業活動をすることで、
SDGsは地球上のすべての人達が持続可能な社会を目指し、それぞれができることに取り組んでいます。
一方、TCFD(提言)とは気候変動によって企業が受ける影響を調査・分析し、その情報を開示することを求めているものになります。
環境に対する取り組みは3つとも共通していますが、TCFD(提言)は気候変動リスクに特化。
気候リスクが企業活動にどのような影響を与えるかを予測・検討し、どのような対策を講じるかを開示するよう求めた、提言そのものを指します。

次の表を参考に、違いを確認してみましょう。


表:筆者作成

3.TCFD賛同企業が行う取り組み5例

TCFDの取り組みは、世界中で進んでいます。
経済産業省の発表によると、2023年2月14日現在、TCFDに対して世界全体では5,005の企業が賛同を示しており、
そのうち日本企業は、世界最多となる1,211の企業がTCFDへの賛同を表明しています。
TCFD賛同企業のうち、私たちの暮らしに密接している5社の取り組みをご紹介します。

参考:経済産業省「TCFD賛同企業・機関一覧」

3-1.4つの課題に取り組むキリンHD


画像出典:キリンホールディングス「環境報告書」より

キリンホールディングスは、2018年に日本の食品会社として初めてTCFD提言への賛同を表明しました。
「キリングループ環境ビジョン2050」では 「生物資源」「水資源」「容器包装」「気候変動」の4つを重要課題として設定。
気候変動により農産物収量減や調達コスト増加が見込まれることから、大麦に依存しない醸造技術や持続可能な農園認証取得支援などに取り組んでいます。
一方、気候変動による台風や集中豪雨などにより輸送への影響が発生する可能性もあると分析していたものの、
2018年の西日本豪雨では、工場から消費地へ製品を輸送する際、道路が寸断されるなどの影響により輸送時に大きな支障が発生しました。
これを受け、キリンホールディングスでは同様の事例に対応するためのマニュアルを作成。
2019年に発生した台風15号や19号では輸送に関して大きな影響を避けることができました。

参考:キリンHD「TCFD提言に基づく開示」
https://www.kirinholdings.com/jp/investors/files/pdf/kirinER2022_TCFD_0909.pdf
https://www.kirinholdings.com/jp/impact/files/pdf/TCFD.pdf

3-2.顧客と一緒にCO2削減を目指す丸井グループ


画像出典:丸井グループHPより

丸井グループは、2018年11月に国内小売業として初めてTCFD提言への賛同を表明。
2030年度までにグループの事業活動で消費する電力の100%を再エネで調達するという目標を掲げ、
新宿マルイ本館をはじめ、全国の店舗で再エネへの切り替えを進めています。
また、2019年にエポスカードの利用者を対象に行ったアンケートによると、全体の6割にあたる利用者が
「再生可能エネルギーの利用意向がある」と回答。しかし、電力会社への変更手続きなどハードルが高いと感じている利用者も多く、
実際に切り替えた人は全体の25%にとどまっていたことがわかりました。
そこで丸井グループでは、簡単に再エネ電力の利用を申し込めるサービスを検討し、
月々の電気代をエポスカードでも支払えるスキームを構築したほか、2024年度までに利用者と一緒に年間100万トンのCO2削減を目指すことも発表しました。
これにより気候変動が及ぼすリスクとして、再エネによるコスト増約8億円、炭素税約22億円と試算していました。
しかし、カード会員の増加やCO2排出ゼロ達成による税金の節税などにより、約45億円の収益が見込まれることになりました。

参考:丸井グループ「TCFD提言に賛同しグリーン・ビジネスを推進」
「みんなで再エネ」プロジェクトスタート!~お客さまと一緒にCO2を削減しサステナブルな社会へ~

3-3.浸水対策で効果を上げたJR東日本


画像出典:JR東日本「JR東日本グループレポート(統合報告書)」より

JR東日本は、気候変動にかかるリスク分析を進めている中、2019年に発生した台風19号で新幹線の基地や車両が水没するなど甚大な被害を受けました。
これを踏まえ、気候変動による影響の把握に着手し、2020年1月にTCFD提言への賛同を表明しました。
分析のベースラインとして、国が公表しているハザード情報をもとに、将来の人口動態に基づく旅客収入の推計や、
輸送サービス事業を対象としたシナリオ分析と気象災害の激甚化に伴う財務影響を試算しました。
その結果、主要な鉄道資産および旅客収入の大きい路線は首都圏とその周辺に集中していると分析。
災害発生時には、自社の財務へ大きな影響が出ることがわかりました。
浸水対策として、運行への影響が大きいと考えられる電気設備のかさ上げや、建物開口部への止水板設置を実施。
河川水位の上昇を想定し、災害が発生する前に車両の避難を判断する「車両疎開判断支援システム」を導入するなど、災害対策を強化しています。
このシステムの導入により、2022年に宮城県石巻市などで発生した記録的な大雨ではシステムの車両浸水リスク検知により、
4カ所で車両疎開を実施。浸水の被害を免れました。

参考:JR東日本「TCFD提言への取組み」
国土交通省「JR東日本におけるTCFD提言の取組み」

3-4.GHG排出量ゼロを掲げるオリックス


画像出典:オリックス「サステナビリティレポート 2022年」より

オリックスは、2020年10月にTCFD提言への賛同を表明しました。
重要目標として、GHG(CO2)排出量を2030年3月期までに2020年度比で実質的に50%削減。
2050年3月期までに実質的にゼロにすると発表しました。
法人部門で展開している、GHG排出量の多い石炭・バイオマス混焼発電所では、バイオマス燃料を約35%混焼させ、
同等クラスの石炭火力発電所と比べてCO2排出量の低減を目指しています。今後は、設備改造によるバイオマス専焼化や、
水素・アンモニアなど次世代燃料への転換などによる排出削減を検討していく方針です。
ただし、2030年3月期までに50%削減が困難と判断した場合には、施設の廃止も視野に入れるとしています。

参考:オリックス気候変動への対応「TCFD提言に基づく情報開示」

3-5.再エネ100%利用を目指すAcer


画像出典:Acer「Aspire Vero」より

Acerは、2020年にTCFD提言への賛同を表明し、2030年までに2019年と比較して50%の炭素排出量削減を達成することや、2035年までに再エネ100%利用を目指すことを発表しました。
再エネ100%を目指す取り組みとして、関連する事業所には太陽光発電施設を建設し、2021年にはグリーン電力(約360万kWh)を発電するとしています。
気候変動によるリスクとして、生産工程で必要なレアメタルや包装材などの原材料が高騰した場合は、製品価格も上昇し、収益にも影響がでると分析。
対策として、製品リサイクルにおける協力を強化するために、自社スタッフとサプライチェーンパートナーの力を活用するためのイニシアチブを開始しました。
この他にも、炭素排出量と環境への影響を削減するため、海洋プラスチックごみ問題にも注力。
Chromeなどのコンピューター製品に海洋プラスチック (OBP) 製のタッチパッドを導入するなど、環境に配慮した製品の提供を行っています。

参考:Acer Group「Climate Risks, Opportunities and TCFD」

まとめ:TCFDとはこれからのビジネスの指針

TCFD提言(最終報告書)の趣旨に賛同する企業や機関は、世界中で年々増えています。
そして、気候変動に関する企業の取り組みは、投資家や金融機関も注目していることから、今後、TCFD提言への取り組みはますます重要になるでしょう。
気候変動に関する取り組みは企業の価値を高めるとともに、ビジネス拡大のチャンスにもつながります。
ご自分のビジネスにもぜひ、取り組んでみてはいかがでしょうか。

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