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2023.04.05

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【コラム記事】航空機の大量欠航を制約理論で読み解く

大量欠航の現場では

2023年4月3日、全日本空輸(ANA)が大規模なシステム障害に見舞われ、55便が欠航する事態が発生しました。
このような大量の欠航は、実はANAだけではなく、日本航空(JAL)でも過去数回起きています。
例えば、2014年にはシステム更新後のエラーに伴い174便が欠航した事象があり、2019年にも32便以上が欠航するという出来事がありました。

今回のシステム障害は、FelicaをベースとしたSkipサービスを廃止するなどの大がかりなシステム更新を行ったことが背景にあると考えられています。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)後の運用効率向上やコストダウンを目的としていたシステム更新だとされていますが、
結果として50便以上が欠航するようなシステム障害を引き起こしてしまったことは、関係者にとって痛恨の極みであることは間違いありません。

大量欠航があった当日、筆者は午後から出張予定がありましたが、午前中から空港で用事があり、
午後の搭乗時間までは空港でテレワークを行っていたため、障害発生直後の現場に居合わせました。

欠航になった後、JAL便に振り替えて無事に目的地に到着することができましたが、
この間にシステムの障害発生から欠航にいたるまでの空港オペレーションを観察することができたのは稀有な経験だったかもしれません。
管理システムの大部分が止まっているためか、通常は無人で行われる預入荷物の受付や保安検査場での搭乗券の確認などを人手で対応する状況を身近で見学することができたのです。

空港関係者の方々は、本当に大変そうでした。
その一方で、乗客たちは、文句ひとつ言わずに成り行きを見守っている姿勢が日本らしいと感じました。

障害が起きたのち、保安検査場では、全員を通すことはせず、運航が決まった便番号を呼びあげて、
対象となる人だけが通過できるオペレーションがしばらく続きました。その後、18時以降の便に対して大量欠航が突如通知されたとのことです。
つまり、欠航になった便の乗客のほとんどは保安検査を通過していませんでした。

関係者はてんやわんやであったものの、この運営には製造業で言われる制約理論(TOC)とも似た運用のむずかしさを垣間見ることができます。
あえて逆説的に言えば、空港のオペレーションが制約理論に基づいていることが理解できれば、
一般の乗客であっても「この後に何が起きるのか」を理解し、適切な対応ができる可能性があります。

制約理論とは


制約理論は、製造業やサービス業において、生産性を向上させるための理論です。
イスラエル出身の経営学者ゴールドラット教授による「ザ・ゴール」という書籍の中で紹介され、生産管理に関する基本的な考え方として製造業の中では定着しています。
制約理論は、生産においてボトルネックとなる要因を特定し、それを解決することで全体の生産性を向上させることを目指します。

繰り返しになりますが、この理論の要諦は、製品を生産する工程のうち、ボトルネックとなる工程を特定しマネージする点です。
ボトルネックとは、ワインのビンなどの首の部分(つまりボトルネック)がビンの容量に比べて細くなっていることに由来します。
ビンを傾けた際に流れ出る液体の量はこのビンの一番細いところに依存するのです。

このボトルネックを意識して工程を最適化することで、全体の生産性を向上させることができます。
また、サービス業においても、ボトルネックがあることがあります。
例えば、飲食店においては、注文から提供までの時間がボトルネックとなることがあります。
この場合、注文や調理のプロセスを改善することで、全体のサービスのスピードを向上させることができるのです。

航空業界においても、よくよく見てみれば、大量の乗客を効率よくさばくために、制約理論の考え方が活用されているのがわかります。
特に空港のオペレーションは、複雑なシステムが絡み合ったアウトプット最大化のラインであるといえます。
航空会社や空港は、制約要因を特定し、システム全体を最適化することで、より効率的なオペレーションを実現し、顧客満足度を向上させることができているのです。

システム障害により発生したボトルネック


航空機が欠航する理由は様々です。濃霧や強風、降雪といった悪天候による欠航が一番多く、それ以外にも、機械故障や乗務員不足などがあり得ます。
しかし、今回の欠航は、航空機側には何も問題がなく、飛ぼうと思えば飛べる状態だったにもかかわらず、空港の運用が立ち行かないという理由での欠航でした。

そこには制約理論で言うボトルネックが介在しています。
仮に空港全体が生産ラインであると見なした場合に、今回は荷物預け入れや保安検査場がボトルネックになっていたとみなすことができるでしょう。
つまりわかりやすく保安検査場に絞って考えれば「保安検査場を通過する人の数」が航空機が運用できる数というアウトプット数の制約になっている状況でした。

そのため、単純に考えればボトルネックの解消、つまり保安検査場の能力を向上させることが、欠航を回避するための重要な対策となります。
しかし、現実的にはシステムが障害を起こしていたので、このボトルネックを広げることは難しかったと考えられます。
ましてや保安検査の質を落とすわけには絶対に行かないですよね。

制約理論ではボトルネックを解消できないのであれば、ボトルネックに合わせて全体のスループットを決める必要があります。
つまり、川の流れの中に一か所だけ細いところがあれば、川全体に流れる量をその細いところに合わせなければ、川は氾濫し、全体が破綻してしまうという状況が生まれてしまいます。

また、仮にボトルネックを解消することができても、それはまた別のボトルネックを生むことが考えられます。
保安検査場のキャパシティを一時的に上げて急速に流してしまえば、そこだけはボトルネックが解消します。
しかし、一気に流れた客はどこかに滞留するでしょう。
サテライトターミナルへのバスの運行が立ち行かなくなったりするかもしれません。
一時的に滞留した生産ラインを一気に流すことはリスクが伴います。

ですので、すべてが粛々と流れていれば問題なかったものが、仮にシステム障害が発生し、
1時間後に障害が解消していたとしても、そこには大きなボトルネックが生じた状態となっているため、
制約理論に合わせた運用に切り替えるのは正しい判断だったと考えられます。今回の場合はそれが大量の欠航につながりました。
これは生産ラインで言えば全体の流量を大きく減らすことであり、例えば自動車や家電の生産などでは多くの生産ラインではこのようなことが行われているのです。

欠航することによって避けられた混乱


今回のANAの対応には、緻密な事前の計画と想定プランがあったことが伺えます。
早期に欠航を決定することで、「もしかして飛ぶかもしれない」という希望的観測によって空港に押し寄せる人を減らし、
入口の流量を調整することができていることも評価できるでしょう。
私が見た限りでは、空港警察の巡回もいつもより多く、万全の状態で待機していたように見えます。

また、保安検査場がボトルネックになっていることから、航空機の運用ができたとしても遅延が生じることが予想されました。
こうした状況で、羽田空港に向かう便を各空港から離陸させてしまうとさらなるボトルネックが生じます。
これについても欠航を決定することで無理に飛行することを避け、翌日以降の運航調整をスムーズに行うことができました。

結論としては、これらの対応により、ANAは空港の混乱を回避し、顧客と従業員の安全を確保しつつ、全体的な利益を守ることができたのだといえるでしょう。

羽田空港の国内線ターミナルは、行先や搭乗時間が異なる何万人もの人々が、
預入荷物の受け入れや保安検査場という「ゲートウェイ」を通過して行く複雑なシステムです。
しかし、ANAはその流れを緻密に計算し、的確に欠航という判断を下すことができました。

その結果、一時的な損失を許容しつつも、長期的な利益を守ることができました。
空港オペレーションに関わる全ての人々が、このような緻密な計画と想定プランに基づく的確な判断力を身につけることが、今後の空港の発展にとって不可欠となるでしょう。

ちなみに余談ですが、新幹線だとまたちょっと違う結果になることが想定されます。
新幹線の場合、ボトルネックが一か所に生じたときに流量を調整することは重要です。
しかし、ほとんどの車両が同じ軌道の上に順番に並んでいるがゆえに、
スピードを落としてでも全体を流し続けることが重要になり、直前になって欠便にするという判断はあまり起きえないでしょう。

制約理論がわかっていれば次のうち手がわかる

しかし、今回の大量欠航が英断だったとして、「明日の朝イチの重要な商談が!」というビジネストラベラーにとって「欠航は痛い」ことに間違いありません。
たとえチケットを払い戻してもらっても、宿泊を手配してくれたとしても、やはり予定が狂うのはつらいですね。

また、近年、急激な気候変動によって、悪天候が航空機の運航に影響を与えることが増えています。
また、テロの脅威や感染症の拡大など、予期せぬ事象によっても航空機の欠航や遅延が発生することがあります。
そのような場合、ビジネストラベラーにとっては、スケジュールの変更や予定の変更が痛手となることがあります。

しかし、空港のオペレーションを理解し、先回りしたアクションを取ることができれば、トラブルに柔軟に対応することができます。
例えば、本稿のような制約理論を理解していれば、システム障害が発生し、
保安検査場の流量が調整される可能性がある場合、夕方以降の便が欠航する可能性が高いことを予測することができるでしょう。
そして、そのようなトラブルに対して、速やかな対応を行うことができます。

こうした状況では、信頼できるビジネストラベルエージェントとの連携も重要です。
エージェントは、最新の情報や代替ルート、ホテルや交通機関の手配などを提供し、ビジネストラベラーが円滑な出張を行うためのサポートを行います。
ビジネストラベラーは、自分自身の準備と、信頼できるエージェントとの連携を通じて、トラブルに柔軟に対応し、スムーズな出張を実現することができるのです。

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