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2023.11.07

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イタリア観光業界の動向とは?地方復興への背景や注目の団体も解説

イタリアの観光業は、コロナウィルスによる影響で客足が途絶えたものの、復活の兆しが見られるようになりました。
パンデミックによる各種規制が解かれたあと、多くの観光客がイタリアを訪れ、賑わいを取り戻しつつあります。

一方で、観光業の将来を見据えた、今までの観光スタイルとは異なる、新しいトレンドや課題が生まれています。
美しい国イタリアを持続させ、引き続き多くの人々に訪れてもらうために、観光業界ではどんな取り組みが行われているのでしょうか。

この記事では、イタリア観光業で注目されている動向をご紹介します。

1.イタリア観光業で注目されている新しい動向

従来型の旅行スタイルというと、「有名観光地へ行き、観光スポットを見て回り、ご当地グルメを味わって、お土産を買って帰る」ような、
消費中心の観光を思い浮かべる人も多いことでしょう。しかし、イタリアでは今、そのような観光が見直されつつあります。
ここからは、どのような観光がイタリアで注目されているのかをご紹介します。

1-1.サステナブルツーリズムの増加

WTTC(世界旅行ツーリズム協議会)の調査によると、2022年のイタリアGDP中、観光業が占める割合は10.2%でした。
ISTAT(国立統計研究所)の調査では、パンデミック以前の2017年には観光業の占める割合が13.4%という結果が出ており、
コロナ終焉にしたがって観光業の回復傾向がうかがえます。

観光業の回復と共に、新しい観光のあり方として、サステナブルツーリズムが注目されています。
サステナブルツーリズムは、自然環境や文化遺産など、地域の資源を守り観光地としての環境を保全できるように配慮した観光スタイル。
旅行者、事業者、地域の3者にメリットがもたらされると期待されています。

サステナブルツーリズムの1つとして、車を使わず自転車で旅をする、サイクルツーリズムが人気です。
イタリアの多くの自治体で、CO2削減対策や景観保護のため、車の入場規制を厳しくしつつあります。
「車を使わないようにしよう」という風潮が高まる中、気軽に利用できどこへでも移動できる手段として、
市民だけでなく観光業界からも自転車が注目されるようになったのが人気の背景です。

地方では、サイクルツーリストのための充電スポットを新たに設置したり、盗難対策済み駐輪場を設けたりする自治体が増えています。
また、ローマ、ミラノ、ナポリなど大都市の観光手段として、レンタルバイク業者が急増中です。
市内に点在する返却スポットへ乗り捨て可能だったり、スマホで予約・支払いが可能だったりと、利用者の利便性を高めたサービスを提供する業者もあります。

・駐車場所に困らない
・レンタル代が安価
・CO2を排出しない

などのメリットから、観光客を中心に利用者が増えています。

参考:
Parcheggi per biciclette sicuri, funzionali e contro i furti
成長市場の要素しかない!イタリア政府の助成金がもたらした新たな移動手段と観光スタイル! – 海外情報ナビ

1-2.地域復興を目的とするツーリズムの流行


画像出典:Treni Storiciより

イタリアでは、多くの小さな自治体が少子化による人口の減少や、観光客が来ず収入確保が難しいなど、問題を抱えています。
地方の知られざる名所を復興し、消滅の危機に瀕している村々を救う目的で、地域ツーリズムも流行の兆しが見えています。

取り組みの一例として、州政府と鉄道会社が協同したプロジェクトが「Treni Storici(歴史列車)」です。
利用日限定の特別列車を編成し、歴史ある小さな地域や街へのアクセスを可能にし、地方復興に貢献するのが狙いです。

同プロジェクトでは、CO2排出量の少ない電気機関車を主力に据えています。
また、今ある資源を有効利用する意図から、1930年代に使われていた電気機関車、クラシック客車を修復して運行。
レトロ感いっぱいで、映画の中にいるようだと高い人気を集めています。

利用はインターネットでの完全予約制で、2023年現在、シチリア州、トスカーナ州など11州で運行されています。

参考:
Travel & Tourism sector shows strong recovery in Italy says WTTC
The heritage trains journeys in Sicily
Treni Storici

1-3.地元住民と触れ合うアグリツーリズムに再注目

イタリアを始めヨーロッパに古くからある「アグリツーリズム」の利用にも注目が集まっています。
宿泊施設やレストランを併設した農家、漁業を営む家に滞在し、自然や人とふれあうのがアグリツーリズムの特徴です。
ありきたりの観光地巡りではなく、非日常の体験やアクティビティを旅先で楽しみ、
地域の人々と交流を深めたい、というニーズにマッチした観光業として、利用者が増えています。

トスカーナ州にあるアグリツーリズモ 「il Greppo」はその一例です。
美味しいワインの生産地として有名な、モンテプルチャーノ市にあるこちらのアグリツーリズムは、宿泊施設・レストラン・ワイナリーを併設しています。
地元の名産で作られた美味しい食事、特産のワインを味わえるだけでなく、
農業体験やワイン作り見学など、豊かな自然の中でのアクティビティも豊富。評価の高い1軒です。

参考:
日本の「農家民泊」が秘める小さくない可能性 イタリアでは一大産業になっている | ブックス・レビュー | 東洋経済オンライン
Agriturismo Il Greppo

2.イタリアの観光業が抱える課題

国土交通省が作成した資料「2021年国際観光収入ランキング」によると、
イタリアの観光収入ランキングは世界7位です。このように、「観光業が落ち目になると経済が成り立たない」と言われるほど、観光業が盛んなのがイタリアです。
1章で紹介したような新しい観光業に注目が集まる反面、解決すべき多くの課題が存在することも問題視されるようになりました。

イタリア観光業の今後の発展のため、どのような課題をクリアすべきなのでしょうか。

2-1.大都市ほど深刻な観光公害

観光大国イタリアですが、訪れる観光客による観光公害が以前から問題視されてきました。
ミラノ、ローマ、フィレンツェ、ナポリなどの、メジャーな観光地として有名な都市が特に深刻な状況です。

来訪する観光客の数が、元々住む住民の何倍にも上るという自治体は少なくありません。有名な例の1つが、ローマです。

例えばローマには、市内人口275万人に対して、年間1000万人以上の観光客が訪れます。
観光需要の回復によって、観光客が捨てていくゴミ処理問題や、
マナーやルールを守らない観光客が引き起こす観光資源への汚損などがさらに深刻になっています。
これを受け、トレヴィの泉やスペイン階段など、市内の有名観光スポットでの規制が強化されています。

参考:
No, il turismo non genera il 13 per cento del Pil italiano | Pagella Politica
概況・基本統計 | イタリア – 欧州 – 国・地域別に見る – ジェトロ
Number of international arrivals in tourist accommodation in Rome, Italy 2014-2022
座るもダメ、触るもダメ 観光公害に悩むイタリア、罰金つきの対策

コラム:ジェラートを食べたら罰金!ローマ市内の規制
市内に歴史的建造物や文化遺産が点在するローマでは、文化財を守るための規制を行っています。
場所によっては警察官が厳しく見張ることもあり、ルールを守るよう観光客に呼びかけています。

特にスーツケースやキャリーなど、キャスター付き器具を持ち込むことを禁じている場所が多いので、注意が必要です。
ローマ市内の歴史遺産の多くは、床も大理石で作られていることがほとんどで、床の保護のためこのようなルールがあります。

規制の一例:
【トレヴィの泉】キャスター付き器具の入場禁止、飲食の一切を禁止、入水禁止、上半身裸や水着での周辺入場を禁止
【スペイン階段及び広場】飲食の一切を禁止、階段に座ることを禁止、キャスター付き器具の入場禁止
【コロッセオ】場内への飲食物持ち込み禁止(ペットボトルの水含む)、古代衣装の仮装者との撮影禁止、場内にある物を持ち去り禁止、公共交通機関以外の車両は周辺通行禁止

現在、イタリア全土の文化財に対して汚損や持ち去りを行う違反者に対し、
2~5年の懲役刑及び、2500~15000ユーロ(約40万~240万円)の罰金を課すことが法律で定められています。
しかし違反による汚損が後を絶たない現状を踏まえて、政府は罰則をさらに強化する法案を検討しています。

参考:
Si arrampica sulla Fontana di Trevi per riempire la bottiglia: ennesimo sfregio al patrimonio italiano – ilGiornale.it
Blitz degli ambientalisti, liquido nero in fontana di Trevi – Cronaca – ANSA
https://www.romatoday.it/attualita/vandalismo-colosseo-cosa-si-rischia.html
Reati contro i beni paesaggistici: le modifiche al codice penale – TuttoAmbiente.it
ローマのコロッセオ周辺、遺跡保護で民間車両の通行禁止

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2-2.街が消滅の危機にあるヴェネツィア

豪華客船で地中海をクルーズ、という海洋ツーリズムが盛んなイタリアですが、
一度に何千人も収容できる巨大客船は、航行のたびに大量の汚水を排出します。そのため、海洋汚染が深刻な問題となっています。
特に、港湾の形状から海水が循環しにくいヴェネツィアは、温暖化による海面上昇と海洋汚染によって、消滅の危機にさらされています。

有名な例が、パンデミック中の海水浄化です。
観光客ゼロとなってからヴェネツィアの海域にきれいな海水が戻り、魚や海藻などの海洋資源が復活したと報道され、話題になりました。
それまでは、大型客船が入港するたびに放出される汚水と、近隣の工業地帯から放出される工業廃水、
さらには住民の生活排水が海水の質を悪化させている、とたびたび問題視されていたのです。

ヴェネツィアは、世界遺産に登録された都市ながら、沈没の可能性が理由で存続が危ぶまれるとして
「UNESCO危機遺産」への指定を勧告されるほど状況が悪化しています。
事態を重く見たヴェネツィア市では、地域の環境と観光資源保護のため、2023年1月16日より入島税を導入。
事前に予約して税金を払った観光客だけに入島を許可するシステムで、増え続ける観光客に歯止めをかけ、環境改善に役立つことが期待されます。

参考:
海洋汚染が深刻なイタリアで、コロナ「ロックダウン後」に起こった意外な変化(佐藤 まどか) | 現代ビジネス
第9章 イタリアにおけるアグリツーリズムについて

3.イタリア観光業で注目を集める団体3選

観光業が大きく関わる課題を解決し、持続可能な業態へシフトしていくため活動する団体が、今話題になっています。
この章では、地方活性化を促進したり民泊業に関する課題解決に取り組む団体を3つご紹介します。

3-1.分散型ホテルで地方復興を目指す【Alberghi Diffusi】


画像出典:Alberghi Diffusiより

少子高齢化が進むイタリアでは、地方の過疎化や自治体の消滅危機が深刻です。
地方復興を目指し、新しい観光ニーズを掘り起こすことを目的に「Alberghi Diffusi (アルベルギ・ディフュージ)」が設立されました。

同協会で主導している観光スタイルは、「分散型ホテル」と呼ばれています。
地方にまだ残る古い街並みや自然環境など、地方に存在する既存の資源を再開発して、観光資源に活用する方法です。

「分散型ホテル」ではまず、集落内にある空き家をリノベーションし、宿泊施設として復活させます。
別途、市役所ホールや集落の店舗(バールやタバコ屋など、集落で最も人が集まる場所が選ばれる)に
レセプション機能を有するメインセンターを設置。
センターを中心にして宿泊施設をネットワーク化し、地域ぐるみで観光客を迎える仕組みです。

参考:
日本でも広がる、分散型ホテル「アルベルゴ・ディフーゾ」とは? 世界の第一人者が語る新たな地域再生と旅のカタチ
L’associazione nazionale Alberghi Diffusi (ADI)
https://albergodiffuso.jp/
第 10 章 イタリアにおけるアグリツーリズムと アルベルゴ・ディフーゾ

3-2.地方で受け継がれる歴史遺産を活用 【I borghi più belli d’Italia】


画像出典:I Borghi più Belli d’Italiaより

「I borghi più belli d’Italia(イ・ボルギ・ピュ・ベッリ・ディタリア)」は、イタリアの地方に点在する歴史遺産や自然遺産を、
できるだけ手を加えない形で観光資源に活用することを目的に設立された団体です。
地元に歴史的建造物や豊かな自然を有しているにも関わらず、メジャーな観光地に比べて無名のため人が集まらない地方の街へ観光客を誘致。
観光を通した地方の活性化に、一役買っています。

団体に加盟するためには、認定審査が行われます。応募には、最低基準である以下の2つをクリアしている必要があります。

1)人口1万5000人以下の自治体かつ、歴史地区の人口が2000人以下
2)書類で証明可能な建築遺産もしくは自然遺産があること

その他の厳しい基準をクリアした自治体だけが「イタリアの美しい村加盟自治体」として登録されます。

参加している自治体の一例として、チンクエ・テッレで有名な
ヴェルナッツァ、ローマ法皇の離宮があるカステル・ガンドルフォなどが挙げられます。

3-3. 観光と地域経済の橋渡しを行う【Fairbnb】


画像出典:Fairbnb.coop: stanze e appartamenti in affitto, case vacanze, agriturismi e B&B sostenibiliより

近年、イタリアでもAirbnbに代表される民泊斡旋業が盛んです。
しかし有名観光地ほど、部屋提供者の未納税を始めとする違法性や、
賃貸物件の減少による家賃高騰など、観光と切り離せない問題がついて回ります。
「民泊業の収益の大半が業者に流れるのを食い止め、観光客が落としていくお金で、
本当に地元経済を潤すためのビジネスを始めたい」という動機の元に、Fairbnbが設立されました。

同社では、宿主の登録物件数を1件のみに限定しています。
大きな業者が入らないので、地域の賃貸価格の高騰を防ぎ、宿主と観光客の交流を促進する効果があります。
また、宿泊予約手数料の50%を地域再生プロジェクトに還元。
地元にも観光客にもメリットをもたらす運営を行っています。

参考:
Fairbnb.coop: stanze e appartamenti in affitto, case vacanze, agriturismi e B&B sostenibili
「Fairbnb」―地元の人と観光客の出会いと、地域貢献支援を行う民泊サイト : BIG ISSUE ONLINE
利益の半分は地域に還元。地域による地域のための民泊サイト「FairBnB」 | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン | IDEAS FOR GOOD
「観光」の収益を地域コミュニティに再投資せよ/Fairbnb【シリーズ:ネイバーフッドを豊かにする観光の未来】 | WIRED.jp

まとめ:イタリアの観光業に次世代のツーリズムが新風を吹き込む

イタリアの観光業は、マスツーリズムとパンデミックに疲弊しながらも、徐々に盛り返しています。
しかし以前のレベルで復活するには、サステナビリティや地域ツーリズムなど、次世代ツーリズムの手法が欠かせなくなりそうです。

観光客だけでなく、地域と地元の人々も「三方良し」になることを目指すのが、イタリアのツーリズムのあり方です。
ビジネスのヒントになりそうなサービスも多いので、今後どのように発展していくのか、引き続き注目してみてはいかがでしょうか。

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