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2021.06.23

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出張中の労災はどこまでカバーされる?怪我や病気に備えた基礎知識


どんなに気をつけていたとしても、仕事をする上での病気や怪我をする可能性はゼロではありません。出張中の事故や病気も、業務中であれば労災として認められるケースも。
出張中の労災は一体どんなときに認められるのか、また認定されないのはどんなケースなのか。出張する方なら知っておきたい、労災の基礎知識を解説いたします。

1.出張にまつわる労災の基本的な考え方

そもそも労災とは、仕事に起因する病気や通勤途中に負った怪我に対して給付される社会保険制度です。
雇用形態を問わず、全ての被雇用者が対象となりますが、出張中の怪我や病気は果たして労災に当てはまるのでしょうか?

1-1.労災の判断基準は「業務中に起因する」かどうか

労災保険とは、業務中に発生した業務災害に対して支払われる社会保険です。補償を受けるためには、労働基準監督署(以下、労基署)による労災認定を受けることが必要となります。
ただし、業務中の怪我や仕事が起因となる病気であれば、なんでも労災で補償されるというわけではありません。労災の認定にあたって、業務と傷病との間になんらかの因果関係があるかどうか、が大きなポイントとなります。
なんだか難しそう…と思った方は、まずは「業務中に起因する傷病」という大原則を覚えておきましょう。

※参考 厚生労働省HP「労災保険給付の概要」
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-12.html

1-2.出張移動中や宿泊先での怪我や病気も労災対象

オフィスに出勤している時間に限らず、出張も立派な業務です。そのため、出張時の移動中および業務中に負った怪我や、出張が起因で発症した病気が、労災対象になります。

例えば出張先に向かう道すがらに交通事故に遭ってしまった場合、「出張のための移動中」とみなされれば労災として認められます。また、ホテルで転んで怪我をしてしまったという場合も、ホテル宿泊は業務遂行上に必要な行為と認められれば、労災対象となります。

画像出典:厚生労働省「労災保険給付の概要」
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-12.html

労災保険給付って、どんなものがあるの?

労働者災害補償保険(労災保険)として給付されるものとしては、治療費や休業補償などがあります。

<労災保険給付の種類>
・療養(補償)等給付
・休業(補償)等給付
・障害(補償)等給付
・遺族(補償)等給付
・葬祭料等(葬祭給付)

怪我や病気の治療費だけでなく、怪我や病気で会社を休んだ場合の賃金や、障害が残ってしまった場合の障害年金、遺された家族への遺族年金、万が一命を落としてしまった場合のお葬式代なども労災保険の給付対象です。

※参考:厚生労働省「労災保険給付の概要」内、労災保険給付等一覧
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-12-04.pdf

次の章からは、実際のケースを見ながら、具体的に「労災認定となる可能性があるのかどうか」を一緒に見ていきましょう。

2.出張中の事故や病気で労災認定されるケース

例えば、出張で移動中起こった事故による怪我や、宿泊先で食べた食事が原因の病気に対して、労災は認定されるのでしょうか?
具体的な例をもとに、労災認定されるケースには一体どんなものがあるのかチェックしてみましょう。

2-1.移動中に事故に遭遇して負傷

出張中は、普段と違った交通手段での移動も多くなります。そのため、出張先に向かうための移動や、出張先での移動中に発生した事故による怪我は、業務災害となり労災が認められる可能性も高くなります。

<労災が認められる可能性の高いケース>
・出張移動のための新幹線乗車時に、駅構内で転んで怪我をしてしまった。
・タクシーで駅から宿泊先へ移動中に、追突事故に遭遇して怪我をした。
・自宅から直接出張先に移動する際に、車に接触。怪我をしてしまった。

参考:公益財団法人 労災保険情報センターHP「労災になりますか」
https://www.rousai-ric.or.jp/tabid/532/Default.aspx

2-2.出張先のホテルで転倒して負傷

労災は基本的に業務中に発生した怪我や病気に対してカバーされるものです。
そう聞くと、出張先のホテル内での怪我は“業務中”ではないから労災認定されないのかな…と思う方もいるかもしれません。

出張でホテルを利用した場合。
ホテルで発生した事故に伴う怪我は、業務時間外だとしても労災が認められる可能性が高くなります。
なぜなら、泊まりがけの出張でホテルに宿泊することは避けられず、出張業務のために必要な行為として認められます。そのため、ホテル内での怪我も労災と認められる可能性が高くなるのです。

<労災が認められる可能性の高いケース>
・宿泊先のホテルで入浴中、床で滑って転倒。怪我をした。
・ホテルのドアに指を挟んでしまい、骨折してしまった。

ただし、泥酔していたなど、明らかに業務遂行とは関係ない事情による事故の場合は、認められないケースもあります。

参考:公益財団法人 労災保険情報センターHP「労災になりますか?」内、FAQ16
https://www.rousai-ric.or.jp/Portals/0/images/under/faq/016_04.pdf

2-3.海外出張中に感染症に罹ってしまった

海外出張では、日本では流行していない感染症のリスクが伴います。
例えば、出張中にウイルス感染症などに罹患した場合。出張先で感染したことが明確であれば、業務遂行中に罹患した疾病とみなされ、労災認定される可能性が高くなります。

また、出張期間中の私的な食事やカフェ利用中に口にした食材が原因で、食中毒や感染症に罹ってしまったケースでも、労災認定される可能性は大。海外出張中の食事やカフェ利用は、出張業務を遂行する上で当然する行為としてみなされるためです。

<労災が認められる可能性の高いケース>
・出張先のホテルの食事で食中毒になってしまった。
・カフェでの打ち合わせ中に口にした魚介類が原因で、感染症になってしまった。

参考:公益財団法人 労災保険情報センターHP「労災になりますか?」内、FAQ20
https://www.rousai-ric.or.jp/Portals/0/images/under/faq/020.pdf

出張時、全世界で流行している新型コロナ感染症に罹患した場合はどうなるのでしょうか。
厚生労働省が公表している資料によれば、新型コロナウイルス感染症に関する労災請求件数は、2021年5月21日時点で1万1,555件。このうち、実際に労災と決定された件数は6,934件となっています。医療従事者による請求が大半を占める中、海外出張者からの労災申請は少ないながらも、請求・支給されているケースはあるようです。つまり、新型コロナウイルス感染症も、出張時の労災として認められる可能性があります。

ただし、労災が認められるかどうかは、個々の事例に合わせた労基署の判断により変わります。迷うときは、所属する会社の人事部等に相談してみましょう。

参考:厚生労働省「新型コロナウイルス感染症に関する労災請求件数等」
https://www.mhlw.go.jp/content/000627234.pdf

3.出張中の事故や病気で労災認定されないケース

出張中の事故や病気であっても、労災認定されないケースはもちろんあります。
例えば、出張期間中の休日や、出張業務後にブレジャーに立ち寄った間の怪我や病気は、判断が難しいところです。
最終的な判断は労基署によるものではありますが、過去に発生した事例も交えながら、労災認定が降りないのはどんな場合なのかを見てみましょう。

3-1.海外出張中のプライベートな観光中の怪我

海外出張中であっても、明らかに業務とは関係ない観光中などに負った怪我は、労災の対象にならない可能性が大きいです。

例えば、休日となる土日を挟んだ10日間の出張期間中。
週末にブレジャーでサイクリングを楽しんでいる途中の事故に伴う怪我は、労災として認められにくいです。業務と無関係な観光(レジャー)は、出張業務遂行に必要なものとはみなされないためです。

ただし、休日のブレジャーが取引先との接待も伴っていた場合には、判断が変わる可能性も。迷う場合には、必ず労基署などに確認しましょう。

<労災が認められない可能性の高いケース>
・出張期間中に1日休暇を取り、現地でダイビング。岩場で足を切ってしまった。
・夜、現地のダイニングバーで飲酒。酩酊して転倒し、怪我をしてしまった。

参考:日本の人事部HP「海外出張にプライベートを含む場合の扱い」
https://jinjibu.jp/qa/detl/51050/1/

3-2.出張日程終了後に観光地へ行く途中の事故や病気

海外出張が終了し帰路に着く前、近くにある観光地へ立ち寄ることもあるでしょう。しかし、仕事とは関係のない観光地への移動中に発生した事故や病気は、労災認定されない可能性が大です。

例えば、海外出張の全行程終了後、飛行機に乗るまで半日が余ったので、市内観光ツアーに参加したとします。しかし、観光ツアーへの参加は業務と関係がないため、ツアーのバスに乗る際に転倒し怪我をしても、労災認定にならない可能性が高いでしょう。

<労災が認められない可能性の高いケース>
・出張後、1日休暇を取り観光ツアーに参加。乗車していたバスが他の車と衝突し、怪我をした。
・出張から帰国する前、宿泊地から離れた観光地へ鉄道で移動。車内販売の軽食を食べて食中毒に罹患した。

参考:社長のための労働相談マニュアル「労働災害の認定基準」
https://www.mykomon.biz/rosai/nintei/nintei.html

海外での仕事が「出張扱い」か「派遣扱い」かで判断が変わる?

海外で仕事をしているときに起きた事故や病気の場合。
海外出張ではなく「海外派遣」として仕事をしていた場合には、労災保険に海外派遣者として特別加入していないと、労災給付が受けられません。

「出張」か「海外派遣」かは、期間の長い・短いでは一概に判断できません。不明な点などがあれば労基署に確認するようにしましょう。

参考:厚生労働省HP「労働基準行政全般に関するQ&A」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/faq_kijyungyosei51.html

4.労災申請の流れと方法

出張中に労災事故にあい、病院を受診する際にはどんな手続きをすればいいのでしょうか。

労災保険を請求する手続きは、基本的に労働者本人もしくは家族が行う、とされています。しかし、実際のところは、会社側が手続きを代行してくれるケースも多くあります。今回は、労働災害による怪我や病気で病院を受診する場合を例に、申請の流れをご紹介します。

4-1.会社に報告

労働災害に起因する怪我や病気になってしまったら、雇用主である会社にまずはその旨を報告しましょう。
なぜなら、労災認定を受けるために会社側は「労働者死傷病報告書」による労働災害の報告を、管轄の労基署に提出しなければいけないからです。

ただし、海外出張中など場合によっては、報告が遅れることも。時差の関係で、日本の会社は業務時間外となり連絡が取れないことがあるためです。
この場合は、治療を優先させても大丈夫です。できるだけ早く会社に報告し、その後の手続きをどうすればいいか確認しましょう。

4-2.病院を受診

基本的に業務上の怪我や病気に伴う労災保険は、現物給付(治療費の現物給付)が原則です。
受診する病院が労災指定病院かどうかで、労災の手続きの流れが変わります。

(1)労災指定病院(労災保険指定医療機関)を受診する場合

労災指定病院(労災保険指定医療機関)を受診すれば、労災申請の手続きは簡単です。
受診時に「療養給付たる療養の給付請求書(様式5号)」を提出するだけで、その場で治療費を支払う必要はありません。

「療養給付たる療養の給付請求書(様式5号)」は、会社の人事部や総務部へ請求すればもらえます。また、厚労省のHPからもダウンロードできます。
こちらの書類には、労働保険番号の記入や会社の捺印も必要になるので、ご注意ください。

<必要書類>
ー療養給付たる療養の給付請求書(様式第5号)

ダウンロード先:厚生労働省HP「労災補償 ダウンロード用(OCR)様式」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken06/03.html

近くの労災指定病院がどこかわからない場合には、厚生労働省の検索ページを活用するといいでしょう。病院名や所在地などから、労災指定病院を探せます。

画像出典:厚生労働省HP「労災指定医療機関検索」
https://rousai-kensaku.mhlw.go.jp/

(2)労災指定病院以外の病院で治療を受けた場合

海外出張先では、労災指定病院がそもそも現地にありません。国内に出張中でも、怪我や病気で運び込まれた病院が、労災指定病院以外の医療機関ということもあるでしょう。

労災指定病院以外の医療機関を使った場合には、まず治療費の全額を自分で支払ってから、「療養給付たる療養の費用請求書(様式7号)」を労基署に提出します。請求書の受理後に労災認定を経て、かかった費用が支給される流れとなっています。

そのため、後から労災が出るとしても、一時的に高額の治療費を負担することがあるので注意しましょう(※)。

※ただし、健康保険を使ってしまった場合にも、後から労災保険扱いに切り替えることが可能なこともあります。詳しくは労基署や会社の人事部および総務部、医療機関に確認してみましょう。

<必要書類>
・国内の病院の場合
ー療養給付たる療養の費用請求書(様式7号)

ダウンロード先:厚生労働省HP「労災補償 ダウンロード用(OCR)様式」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken06/03.html

・海外の病院の場合
ー「療養給付たる療養の費用請求書(様式7号)」
―診断内容明細書
―領収明細書
―領収書
―日本語での翻訳文

海外出張先で病院を受診する際の注意点2つ

海外出張中に現地で病院を受診した場合には、次の2つに気をつけましょう。

・労災補償額は申請時の為替レートで計算される
労災申請は帰国後となってしまうため、労災保険は後からの給付となります。このとき、労災で給付される医療費は申請時の為替レートで計算されます。もし、現地で支払った時よりも円安になっていれば、治療費の自己負担が生じる可能性があります。

・日本国内の保険適用となる治療のみ
労災で認定される治療費は、日本国内で保険適用となる治療のみとなります。
海外で受けた治療が日本の保険適用外だった場合、保険適用外の治療費分は労災保険の対象とならず、後から給付されません。
こうしたリスクに備えるためにも、海外旅行保険には必ず加入しておきましょう。

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https://www.bthacks.com/2098/

出張時の怪我や病気に備えて労災について確認を

出張中に起因する怪我や病気に対しては、労災の扱いが難しい場合も多くなります。しかし、出張業務を遂行する上で必要とみなされれば、移動中や宿泊先での傷病も労災対象になる可能性が高いです。
「これは労災になるのかな?」と迷った場合には会社や労基署に相談してみましょう。

出張にあたり、労災について今一度確認してみてはいかがでしょうか。出張中も安心して過ごすためのお守りとして、役にたつことでしょう。

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