取材記事

2022.11.10

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ANAが取り組むESG〜SAF活用など脱炭素社会の実現に向けた挑戦〜

航空業界でも脱炭素化の取り組みが広がる中、国内の航空会社として
ESG・脱炭素に積極的に取り組んでいる航空会社の一つが、全日本空輸株式会社(以下、ANA)です。
BTHacks編集部では、その取り組みを知るために、9月下旬にANA BLUE BASEで行われたセミナーに潜入。
ANAグローバルマーケティング部担当部長の市野さんに、ANAが取り組む脱炭素社会の実現に向けたESG活動やロードマップを教えていただきました。
今回は、セミナーで紹介されたANAが現在取り組むESG活動について、詳細レポートします。

1.航空業界は脱炭素を中心としたESGにどう取り組もうとしているのか

画像出典:ANA公式サイト

そもそもESGとは、環境(E: Environment)・社会(S: Social)・ガバナンス(G: Governance)の頭文字を組み合わせた言葉です。
企業の長期的な成長に欠かせない視点として、環境・社会・ガバナンスの3つの視点が、
キャッシュフローなど経営数字以外の部分で重要視されるようになっています。

特に航空業界におけるESG活動として、今特に注目されているのが環境に対する取り組みです。

ANAに限らず、国内外の航空会社は脱炭素社会の実現に向けた取り組みの一つとして、
特に注力しているのがSAF(Sustainable Aviation Fuel)の活用です。
それに伴い、SAFの供給や生産に取り組む企業もスタートアップで生まれるなど、ビジネスシーンにおいて脱炭素のための潮流は、目が離せません。

ANAがどのように脱炭素に取り組んでいるのかを具体的に知る前に、まずは基本的な脱炭素に向けた取り組みの概略を教えていただきました。

1-1. 今なぜSAFに注目が集まるのか

代替可能な航空燃料であるSAFに注目が集まる背景には、
環境に配慮したビジネスモデルへの転換に、燃料の見直しが必要不可欠な航空会社特有の事情があります。
一体どのような事情なのか、基本となる知識から順にその背景を追っていきましょう。

1-1-1.航空業界のESGへの取り組み姿勢

ANAの市野さんによれば、ESGの中でも航空会社が力を入れて取り組んでいるのは環境に関する部分。

というのも、航空会社のビジネスモデルの根幹は飛行機を飛ばすことにあります。
飛行機が飛べば当然、二酸化炭素を多く排出することは避けられません。
つまり、事業そのものが、二酸化炭素の排出に深く関わっているわけです。

1-1-2.航空会社が注目するSAF(サフ)

航空会社が脱炭素に取り組み、環境に配慮したビジネスモデルに転換できれば、地球全体へのインパクトも大きくなります。
ここで登場するのが、航空機を飛ばすための燃料をSAFに切り替えるという取り組み。
飛行機を飛ばす上で欠かせない燃料の見直しから環境負荷を減らそうというのが、国際的にみても航空業界の流れとなっています。

SAFとは、代替可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel)の略語です。
従来使われてきた航空機燃料は、化石燃料。
地中から新たに掘り起こし、精製、輸送、そして燃焼と全ての過程でCO2を排出するため、
地上にあるCO2量をどうしても増やしてしまう燃料です。

一方で、SAFはバイオマス由来原料や廃食油などすでに地上にある炭素を使って燃料として精製した燃料。
すでに地上にあるものを使ってエネルギーに循環するという意味で、地上のCO2を増やさず持続可能とされています。

SAFと化石燃料のハイブリッド「Drop-in Fuel」

航空会社ではSAFに関連する燃料のあり方として「Drop-in Fuel(ドロップイン燃料)」というものもあります。
「Drop-in Fuel(ドロップイン燃料)」とは、これまで使われてきた燃料に混ぜて使える代替燃料を指します。
既存の燃料供給インフラを使用でき、航空機のエンジン改修などがいらないということで研究や開発が進んでいます。

1-2.国際社会からも注目が集まるSAF

SAFへの注目は、日本国内の航空会社だけでなく、世界の航空会社からも集まっています。
また、業界という垣根を超えて国際社会全体がSAFへの切り替えに取り組み始めています。
ここからは、世界ではSAFを巡ってどのような目標を見据えているのかを、ANAの市野さんに教えていただきました。

1-2-1.国際社会でのSAFの取り組み

1997年12月に採択された京都議定書では、先進国に対して数値目標を伴う地球温暖化ガスの排出削減義務が課されました。
さらに、2015年に採択されたパリ協定では「世界の平均温度上昇を産業革命以前に比べて2℃より低く保ち、1.5℃に抑える努力を追求する
」との目標が設定されました。

1-2-2.航空業界での取り組み

こうした流れを受けて、航空会社では国際民間航空機関(ICAO)が、
2016年にCORSIA(国際民間航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム)を採択。
CO2排出量の増加を伴わない国際航空の成長スキームとして世界各国が参画し、国境を越えた取り組みとして脱炭素化を進めています。

というのも、航空業界は国境を跨いだ移動を伴うビジネスのため、国単位での脱炭素化の取り組みの枠組みでは捉えきれないという理由から、
国際的な航空業界全体としての目標を定めなければならなかったからです。

具体的には、国際民間航空機関(ICAO)では2010年に「CNG2020」を採択。毎年2%ずつ燃費効率を改善させていくという国際目標を掲げています。
また、2020年以降CO2の排出量を増やさないという目標も掲げられ、
どうやって実現していくのかについて各航空会社が話し合いを進めているところです。

【目標1】
燃料効率を毎年2%改善する

【目標2】
2020年以降、CO2総排出量を増加させない(CNG2020:Carbon Neutral Growth 2020)

2.航空会社が脱炭素化に向けて取り組む4つのアプローチ

ここまで見てきたように、航空業界ではSAFの活用を中心に、ESG活動、とりわけ環境保全のための脱炭素化に取り組んでいます。
それでは、各航空会社では、具体的にどんな方法で脱炭素化を進めようとしているのでしょうか?

ANAの市野さんによれば、航空業界では
1.新技術の導入
2.運航方法の改善
3.SAFの導入
4.カーボンオフセット取引の活用
という4つのアプローチで脱炭素化に取り組んでいるそうです。

画像出典:http://carbon-markets.env.go.jp/mkt-mech/climate/icao.html

それぞれ一体どのような取り組みなのかを教えてもらいましょう!

2-1.新技術の導入

航空業界でまず取り組んでいるのが、新技術の導入です。
自動車業界でも、より燃費の良い車種が開発されているのと同じように、
飛行機も燃焼効率の良い新しいエンジンを乗せた飛行機の導入は、脱炭素化に向けた重要な施策となっています。

2-2.運航方法の改善

2つめのアプローチが、飛行機の運航方法の改善です。
というのも、飛行機が一番燃料を使うのは離陸時と着陸時。
この2つのタイミングでより燃料を使わない運航方法が取れれば、インパクトはとても大きくなります。

例えば、空港で航空機が駐機や誘導路に待機している際にアイドリングする時間を減らしたり、
地上走行経路をできるだけ短く最適化したりする運航方法の工夫もそのひとつです。
毎日運航している飛行機の運航方法を見直すことで、消費する燃料を減らせます。

また、エンジンをこまめに洗浄することで空気抵抗値、燃費効率を上げるといった取り組みも進んでいるそうです。

私たちの知らない場所で改善の努力が日々重ねられています。

※参考:成田空港の発着回数
成田空港が発表する資料によれば、2019年1月の成田空港発着回数は、2万1,755回。
1978年5月21日から2021年3月31日までの累計発着回数は約632万回にものぼります。
1便あたりのインパクトは小さかったとしても、日々世界を飛び回る航空機が少しでも燃料消費を減らせれば、影響は大きくなります。

2-3. SAFの導入

1章でもご紹介した、代替燃料SAFの導入は、航空業界がCO2排出量を削減する上でとても大きな意味を持ちます。
各航空会社がSAFの確保に向けて取り組む一方、日本ではSAFに関しては輸入に頼らざるを得ません。
またSAFには、まだまだコスト高などの課題があります。

ANAがSAF導入についてどのような取り組みをしているかについては、3章以降で触れることとしましょう。

2-4.カーボンオフセット取引の活用

カーボンオフセット取引の活用は、ここまで説明した
「新技術の導入」「運航方法の改善」「SAFの導入」という3つの取り組みをしてもなお、目標に届かない場合のためのアプローチです。
排出権取引を使うことで、航空とは関係ないところでカーボンオフセット取引を使いながら脱炭素に向けて取り組んでいくこととなります。

*参考記事
【モビリティ×SDGsシリーズ Vol.3】「出張、搭乗を減らすだけじゃない!モビリティ×SDGs・ESGの新常識」開催レポート
カーボンオフセットに企業はどう取り組む? 国内外の事例を紹介!

3.ANAの取り組み

高い目標を航空業界全体が掲げて取り組んでいる脱炭素化への動き。
ANAではどのような取り組みをしているのでしょうか?CO2排出量などの現状と、
目標を達成するためのロードマップを、ANAの市野さんは次のように教えてくださいました。

3-1.ANAではどのくらいCO2を排出しているのか

現在ANAではどのくらいCO2を排出しているのか、セミナーでは実際の環境データをもとに教えていただきました。

データ出典:https://www.ana.co.jp/group/csr/data/pdf/environment_e_202010.pdf

ANAグループが2019年に排出しているCO2量で、一番大きな割合を占めているのは、主に航空機から出る部分です。
上記の表における「スコープ1」(直接排出量)の99%が航空機からの排出量に当たり、年間1237.5万t規模。
グループ全体のCo2排出量の75%となっています。

このデータが物語るのは、ANAが事業として脱炭素に向けた取り組みを考える上では、
航空機から出るCO2をいかになくしていくのかという視点が欠かせないということです。

3-2. ANAの描く脱炭素に向けたシナリオ

具体的にANAグループは「2050年までにネットゼロを目指す」ことを発表しています。

画像出典:ANAホールディングスプレスリリース「2050カーボンニュートラル実現に向けたトランジション戦略を策定」

上のグラフでは、仮に「この先何も対策をしなかった場合にどのぐらいのCO2が出るのか」というのを想定しているのが赤い点線部分。
2050年まで対策をせずに今の事業を続けていると、年間のCO2排出量は2000万tを超える見通しとなってしまっています。

そこでANAが考えているのが、次の4つの施策による二酸化炭素排出量削減へのロードマップです。

【ANAのCO2排出量削減に向けた4つの施策】
(1)運航の改善・航空機等の技術革新
(2)SAFの活用等
(3)排出権取引制度の活用
(4)ネガティブエミッション技術/NETSの活用

(1)〜(3)までは、2章で解説した航空業界全体での取り組みで詳しく説明していますので、
ここでは(4)ネガティブエミッション技術/NETSの活用についてもう少し詳しく補足してみましょう。

ネガティブエミッション技術/NETSとは、空気中からCO2を取り除いて、違うものに変える、
あるいは地中に埋めていく、あるいは海に溶かしていくなどの手段で大気中のCO2を減らす技術です。
まもなく商用化されるとも言われており、ANAでも活用を検討しているとのことでした。

3-3.SAF調達との原材料調達に向けた取り組み

現状ANAが抱えている一番大きな課題は、CO2排出量で一番大きなウエイトを占めているSAFの調達です。

世界的に見ても、SAFは全世界からの需要見込みに対して、現在は0.03%の供給量しか実現できていない状況です。
さらに2030年の時点でも、需要に対して2.5%から6.5%の供給しか期待できないという見通し。

つまり、ANAとしてCO2削減のためにSAFを調達したいと思ってはいてもなかなか手に入らない、
という状況となってしまっているのです。

こうした現状を打破するために、ANAではNESTE社やLanza Jetという海外でのSAF製造企業と契約。
また、国内においては環境省による「二酸化炭素の資源化を通じた炭素循環社会モデル構築促進事業」に参画し、
東芝エネルギーシステムズ等6社共同でSAF製造に取り組むなど、安定供給に向けた取り組みを強化しています。

ANAの市野さんによれば、全体の供給量からしたらまだまだ1%というわずかなレベルしかないのですが、
定期的にSAFを調達できているとのこと。
安定供給に向けた取り組みを推し進めている会社は世界的に見ても少ない中、ANAの取り組みは航空業界全体が注目しています。

ANAのSAF調達にむけた主な取り組み例【時系列】

ANAではこれまでSAFの調達に向けて、さまざまな企業への出資やSAF生産企業との契約締結などをしてきています。
日本で初めてSAFを使った定期便フライトを運航するなど、業界でもSAF活用をリードする取り組みを行なっています。

<2011年>
(株)ユーグレナへの出資。
NEDOプロジェクトへの参画。
<2019年>
Lanza Tech社(アメリカ)とSAFの中長期的な供給に向けた契約締結
三井物産と共同で日本への新造機デリバリーフライトでSAFを使用
<2020年>
NESTE社(フィンランド)と、SAFの中長期的な供給に向けた戦略的提携をスタート
日本で初めてSAFを羽田・成田空港から出発する定期便で使用
<2021年>
(株)IHI製造の国産SAFを羽田空港発の定期便で使用(NEDOプロジェクト)
NESTE社から調達したSAFを羽田・成田空港発の定期便で使用開始

※参考 https://www.ana.co.jp/ja/jp/brand/ana-future-promise/saf-flight-initiative/

3-4.2022年3月にスタートしたSAF Flight Initiativeコーポレート・プログラム

また、ANAでは2022年3月から「SAF Flight Initiativeコーポレート・プログラム」をスタートさせました。

画像出典:ANA「SAF Flight Initiative」紹介ページより

業界の異なる参加企業とも協力しあい、産業横断的にSAF利用を推進する取り組みとして同社が始めた
SAF Flight Initiativeコーポレート・プログラムは、従業員の出張に伴うCO2排出を削減するプログラムです。

伊藤忠商事、野村ホールディングス、運輸総合研究所等が参画。
業界を超えて航空輸送における脱炭素やSAFの活用を広げるこの取り組みは、BTHacks読者にとっても興味深い取り組みではないでしょうか?

ANAの市野さんは、
「こうした取り組みはまだ手探りではありますが、マーケットの協力を得ながら、
産業横断的に取り組めるプロダクトをお客様に届けていきたいと思っています」とセミナーを締めくくりました。

*参考:
ANAプレスリリース「SAF Flight Initiative」 コーポレート・プログラムが始動 伊藤忠商事、野村ホールディングス、運輸総合研究所等、 4社が参画しました (2022年6月28日)

航空業界のESGをリードするANAから目が離せない!

脱炭素に向けた取り組みは、業界によってもアプローチ方法が異なります。
カーボンオフセットや代替航空燃料SAFという言葉は聞いたことがあっても、航空業界が一体どのような取り組みを、
どのような目標を据えて行なっているかは、なかなか分かりにくいところでもありますよね。
今回のセミナーではANAの脱炭素に向けたアプローチは、自分たちの会社がどんなふうにESGに取り組んでいけるのかを見出すヒントにもなりそうです。
また、出張の多いビジネスパーソンという視点では、
最後にご紹介した「SAF Flight Initiativeコーポレート・プログラム」のような取り組みが、今後ますます広がっていってほしいところです。
航空業界をリードするANAの取り組みに、今後も期待が高まります!

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